「もらい事故」判決の考察 2015.04.23
「もらい事故」でも賠償義務負う 福井地裁判決
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150417-00010002-fukui-l18
最近、まわりの行政書士の間ではこのニュースの話題で持ちきりです。
一応、私も交通事故を取り扱っている立場なのでこの判決に対しての考えを述べてみようと思います。
インターネット上では、この判決に対して否定的な意見が飛び交っています。
担当裁判官を非難する声も少なくありません。
まず、申し上げたいのは、私は、この判決を不当なものだと思っていません。
そもそもこの事故は「もらい事故」ではない可能性があります。
「もらい事故」の定義は定かではありませんが、私はもらい事故とは、一般標準人を基準とした予見と結果回避の注意義務を果たしても事故を避けることが不可能な状況の事故だと認識しています。
停止中の追突や、信号無視、センターオーバーなどがこれにあたると思います。
今回の報道では、センターオーバーという事故の状況から、一般標準人を基準とした予見と結果回避の注意義務を果たしていた(無過失)にもかかわらず発生した事故なのに、対向直進車が賠償責任を負ったという印象をあたえる内容でした。
しかし、原告弁護士(遺族側弁護士)の手記によると、事故状況は必ずしもそうとは言い切れないものでした。
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自動車は、路面の状態や走行速度、運転者の年齢(反射速度)などによって違いますが、停止しようと思ってから実際に停止するまでにはある程度距離が必要です。
時速30kmで走行していればおよそ8.5m。時速50kmではおよそ24.5mといわれています。(細かい計算は省きます)
本件事故で相手を発見し、危険を感じて自動車を停止しようとした地点から相手と接触した地点までの距離が、上記よりも短ければ予見、結果回避は不可能だったということになります。
対向車線を走っていた車(以下、被告車といいます)は時速50kmで走行していたとされています。
そして、被告車がセンターラインをオーバーした車(以下、原告車といいます)を発見したのは被告車から16.2mの地点だったそうです。
以上から、発見したのが停止距離である24.5mより手前なので、回避することは不可能であったと言えます。
しかし、最も重要な点が今回の報道では抜け落ちていました。
被告車の前に自動車が2台先行していたという事実です。
原告車の運転者は居眠りをして反対車線にはみ出しました。急にハンドルを切って反対車線に飛び出したのではなく、ゆっくりと反対車線へはみ出していったというものでした。
事故現場は見通しの良い道路だったそうです。
衝突した被告車の前を走行していた2台の車は、ゆっくりと反対車線にはみ出してくる原告車に危険を察知して、路側帯へ避難して衝突を回避していました。
被告車はなぜ前の2台と同様に危険を察知して措置をとることができなかったのか、前方不注視があったのではないかという点が争点になったものでした。
上記は判例タイムズ38「対向車同士の事故(センターオーバー)」の過失割合です。
基本は0:100になります。
修正要素を見てみますと、対向直進車に著しい過失又は重過失が認められれば過失割合は修正されます。
著しい過失の解説に、「前方不注視(発見遅滞)のため避譲措置をとることができなかった場合」とあります。
被告は走行車線の路側帯に歩行者がいて、そちらを見ていたことを認めています。
この事故状況からすれば被告車に多少の過失があったと認定してもおかしくはないような気がします。
しかし、歩行者をみたことが即ち、前方不注視だったといえるのか、仮に発見が早かったら本件事故の発生や、被害者が死亡するという重大な結果が防げていたのか、先行していた自動車と被告車の位置関係によっては、先行車が被告の視界を妨げ、前方不注視がなかったとしても、センターオーバーしてきた車の発見が遅れていたのではないかなど色々な要素があいまって被告車に過失があったと認めることも難しいのは確かでした。
上記の様々な事情を考慮して、被告に過失があったともなかったともいえないという判断を裁判官は下しました。
これは世の中で騒がれているほど不当な判断だと私には思えません。
結果として、自賠法3条の挙証責任の転換が働き、原告側は人身損害についてのみ補償を受けることができました。
インターネット上では、自賠法という瑕疵のある法律のせいで、自分に全く非が無くても高額な賠償金を支払わなければならなくなる、といった誤解を与える報道を受け、自称専門家が「信号無視でぶつけられても賠償責任が生じる危険性があるおかしな判決」という見当外れの批判を述べたり、「法の不備をつくようなあくどいやり方、そんなやり方に屈した裁判官は頭がおかしい」という論調で裁判官や被害者遺族が非難されているようですが、すごくシンプルに考えると、原告は民法709条の過失と民法722条2項の過失を被害者として立証できると踏み、訴訟を起こしたという、それほど珍しい訴訟ではないと思います。
はじめから、この結末(判決)を狙って起こしたものではないと思います。
(もし狙ってたのだとしたら凄腕の弁護士ですね。。)
前に2台先行していた自動車がいない状況であれば、訴訟を提起していなかったかもしれません。
賠償額が4000万円余りと報道されていますが、その賠償額の内訳は、裁判所が認定した損害がおよそ7000万円で、同乗者としての帰責性、被害者がシートベルトをしていなかった等の点から同乗者としての過失を認め、4割減額されて4000万円余りの賠償命令に至ったものでした。(近親者固有の損害も含む)
対向車の運転手も後遺症が残る大けがをし、1400万円余りの損害を被りました。
ご遺族は事故直後から被告の損害に対して、きちんと補償できないか心配し、大学生の家族の自動車保険で他車運転特約がないか、被告車の自動車保険で無保険車傷害特約、人身傷害保険が使用できないかなど保険から補償できる手段を模索したものの、原告車に付いていた自賠責保険しか保険が利用できない状態だったとのことです。
この訴訟で賠償責任が認められ、被告車の保険から支払われた賠償金を、資力のない大学生に代わって相手方の損害の賠償にあてるそうです。
本件事故の報道を受け、御遺族は大変つらい思いをしていることと思います。
「もらい事故でも賠償命令」といった誤った内容ではなく、きちんと事実関係を調べ、しっかりとした報道をしてもらえればここまで騒ぎにならず、傷つく人はでなかったのではないでしょうか。
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